伝説なんて、怖くない


     15



冷やかし半分に足を運んだ高級ブティックにて、
愛し子である白虎嬢に豪華なウェディングドレスを試着させた話を持ち出し、
当時の含羞み再びとばかり、色白な頬や耳朶が真っ赤になったの
くつくつ笑って堪能した、マフィアの女幹部殿。
ちなみに、あの龍之介嬢が、太宰さんに連れられて行った先でという
同じシチュエーションで花嫁衣装を着せられてたなら。
やはり含羞の素振りを微かに示しつつも、

 『この装束でどこの輩へ取り入って暗殺するのでしょうか。』

割とクールにそんな方向へ納得、というか誤解し切ってたりしてな、なんて。
妙なことを想像しつつ、乾いた苦笑を噛みしめていたものの、

 「芥川のコーデとやら、敦が考えてやったのか?」

今日のお誘い、声を掛けたのはこちらからだが、
そいや待ち合わせの場所はこの子が指定して来たものだったし。
太宰や芥川とのやり取りから察するに、
あちらの二人、というか 芥川への微妙なお膳立てが絡んでいたらしいのは明白で。

 「はい、というか服は出掛けた折に谷崎さんに選んでもらったのですが。」

 さすがにセンスには自信がなかったのでと言いつつ、

 「太宰さんから言われてたんですよ。
  日頃、ボクと出かける時なんかは結構おしゃれしているのに、
  自分と会うときは何を畏まるものか、
  役所の職員とか銀行員みたいな恰好ばっかするのでねって。」

せっかくかわいいのだからお洒落すればいいのに
そんなの研究する暇もないのかなぁとこぼしてた、
自分もまた せっかく美人なのにいろいろと残念な(笑) 包帯のお姉さま。
妙なこと言い出すと言いたげに小首を傾げた敦嬢が
携帯へ撮り溜めていた、お出掛け先での愛らしい装いの禍狗姫の姿を見せてあげたところ、
それへ“可愛い可愛い”と連呼をし、転送してとねだられたその上で、
やれば出来る子なのに何で?と不満げなお顔をしたそのまま、
有給交渉と軍資金付きの、本日の一計を授かったらしく。

 「今日はコスプレ系のイベントがあるのへ、
  太宰さんのリクエストで出なきゃならなくってッて。
  だからボクとお揃いのカッコして一緒に出てちょうだいってゴリ押ししたんです。」

ふんぬと意気込みもあらわに胸の前にて愛らしい握りこぶしを作るのへ、

 「ほぉ〜〜。」

段取りの妙へ感心したというよりも、ちょっと呆れた中也お姉さま。
だって、

 “人を手玉にとるのなんて、呼吸するより簡単な女だってのにな。”

今がどんな現場に立ってる彼女かはよく知らないが、
マフィアに在籍中はそりゃあ悪どい絡繰りをようよう仕組んでたのが忘れられない。

 『いけませんねぇ、そんな密談を開かれたところでするなんて。
  こぉんな風に証拠取られてしまいますよ?』

微妙にやぼったい雰囲気の怪しいクラブにて、
掌に隠せるような小型のレコーダーを手に、にんまり笑ったのは、
それは豊満な肢体のラインを惜しげもなく強調させたドレスをまとった、
こんな場末の店でなくとも 片手間な接客で一晩何数百万も稼げそうな蠱惑的な美女であり。
首周りや手首廻りの包帯がややつや消しだが、
何の、どんなプレイの跡隠しかなんて、
意味深と解釈すればそこもまたイイなんて格好で、
店内の客らがそれとなく視線を向けてたホステス…と思われていたのだが。
チェンジで〜すなんて可愛らしい作り声で席についたかと思いきや、
先に付いてた女の子の短いスカート。
腿に手を這わせるよにして見せてから取り出したのがそんな代物だった恐ろしさ。

 『ポートマフィアとの関係がありながら、別の組織とも手打ちですか。』
 『う…っ。』

ああ、此処は確かに組織の息なんてかかってない店ですよ、
でもね、私自身がプライベートで出入りしていたんですよ。
貴方のご贔屓のてまりちゃん、右の胸をコリコリしてやったらそれだけでイクでしょ?
それ、私が仕込んだんですよ? いやんじゃあないでしょ、てまりちゃんたら♪
あ、その顔は試したことありますね? 図星衝かれたって顔ですよねぇvv…なんて

  “そんなえげつないこと さらさらやってのけてた厚顔女だってのに
   何を今更、純情そうな仕立てを構えてんだかだよな。”

芥川の案外と純情なところを大事にしてやりたいか、
それとも もしかして、
他でもない自分自身が案外と本気の想いへは怖がりで臆病だと今頃気付いたのか。

 “…ま・どうでもいいことだがな。”

せっかくの敦との逢瀬だ、余計なことは此処までとかぶりを振って
パパパっと手際よくシャツから下着から脱ぎ捨て、
颯爽と浴室へ踏み込めば。
先にハンドシャワーを手にし、
汗かいてた肌を流していた白の少女が甘い声をかけて来ての曰く、

「中也さん、やっぱり綺麗ですよね。」
「な、何だよ改まって」

だって、普段の姉様は
きびきびとした冴えた所作がようよう映える、
アメコミのヒーローイラストに出て来そうな、
それは引き締まってて頼もしい体つき…という印象なのに。
実は肩だって細いし、さほどに肉々しい腕や脚じゃあない、
首条も細く、うなじがきれいなので、背中の開いたカクテルドレスも粋に着こなす。
こんな風に裸になれば、
つんと上を向いた胸乳の形や腰のくびれの儚さは何とも妖艶で女らしく。
素敵だなぁといつも惚れ惚れ見惚れてしまう敦なのであり。
愛らしいお顔を、真剣真摯な憧憬に甘く緩めてうっとりしている彼女なのへ、
妙に照れ臭くなったお姉さま。
石鹸受けに置いてあった海綿スポンジを手にすると、
ボディソープを絞り出し、わしわしと泡立ててから
愛し子と向かい合い、可愛くてたまらぬ肩口へ生クリームのよなそれを もしょりとぬすくる。

「敦こそ、肌も白いし柔らかくてかわいいぞ?」
「ひゃあvv」

今更隠したって始まらないと、堂々としている姉様を見習い、
どこを隠すでなく突っ立っていた無防備さだったが、
スポンジが胸元まで降りて来たのへは さすがにわわっと焦って見せ、
赤くなった妹へ、アハハと笑うとそのまま泡の塊を手渡す中也なところが
ホッとするよな…

 “ちょっと物足らな…ああいやあの。/////////”

おやおやvv もう随分と絆されまくっているようでvv
そんなささやかで可愛らしい機微に、気づいているやらどうなのか、
照れ隠しにごしごしと肩やらデコルテ部分やらを洗い始めた虎の子ちゃんへ、

「あんま焼けないんだな、昼間に外を駆けまわっているのに。」

日頃からも思っていたらしい事を訊いてくる姉様で。
スポンジと交換という格好で受け取ったハンドシャワーでこちらも肩や背を流しつつ、
え?と顔を上げた敦の鼻のあたまをツンツンとつつく彼女へ、

「それなんですよね。」

敦自身も不思議だなぁと思っていたらしく、
どこかしみじみとした声になる。
例の孤児院ではあまり外へ出してもらえなんだので、
陽に当たり足りなくてのことかなぁ、
それともいわゆるアルビノという体質なのかなぁと自分なりに思ってたらしいが。

「谷崎さんから、そういう子って急に焼いてしまうと
 真っ赤になって痛い想いするから気をつけなさいねって言われたのですが。」

だがだが、異能を降ろし袖が裂けてしまうことも多々あった腕や
化粧っ気がないのみならず、実は化粧水の類も縁がないままだった頬も小鼻も、
ちいとも焼けぬままに白い肌は健在。

「それへも超再生が働くのかねぇ。」

不思議そうに言い、向かい合う愛し子の小さな顎へ指先を添える中也であり。
軽い火傷みたいなもんだしなぁなんて納得しかかったそのまま、
端正なお顔が近づいて来て、

 「キスマークはなかなか消えねぇのにな。」
 「あ…。////////」

え?と意味を掴みかねたのも一瞬、
姉様の悪戯っぽい笑みに意味を悟り、
あっと含羞に飲まれかかったところへ優しい口づけが降って来て。
暖かい感触がじわりと濡れて、
それがそのまま体の芯へもすべり込んできたような錯覚を齎す
深くて甘い接吻へと発展する。

 「好きだよ、敦。」

低められた声は、柔らかく響いて胸の奥まで忍び込み、
吐息が早まるような熱を生みつつも、総身がじんと震えてしまうほど。
そんな震えが伝わったものか、いたわるように髪を梳いてくれた中也だったが、

 「だから、お前も自分を大事にしてくれよ。」

その身をあの忌々しいトランク男に吸い込まれてしまった瞬間、
冗談抜きに総身が燃えるかと思った。
やや不意を衝くような唐突さで 中也や太宰に掴みかかって来たのへ
何するんだと咄嗟に飛び出したのだというのは後で判ったことであり、
判れば判ったで、やっぱりそれってちょっとと引っ掛かっていた彼女だったらしく。

「何も敦がか弱いと言ってるんじゃあない。日に日に頼もしくなってってるのは知ってる。」

でもなと、つい言い足すのは、
守る側でいたいとする姉御肌な気性から黙っておれないのだろう。
心配させているには違いなくって、
湯の香に包まれたまま、さして高さの変わらない姉様の肩におでこを載せると、
ごめんなさいと小声でつぶやく虎の子だったが、

「なにも、何でも出来る身だなんて自惚れてはいませんし、
 望めば何でも叶うなんてことも、そうそう思ってもいません。」

  現実は思う以上にデジタルで無慈悲だし、
  神様はやっぱり見てるだけだと知っている。

だから、一途な努力が大事なのだし、
こつこつ積み上げた経験則は裏切らない。
鍛練だけへの話じゃあなくて、
人と人との信頼や、絆っていうのもそうだってこと。
正直がすぎれば馬鹿を見るとか、
騙される方が悪いとかうそぶく人は、でも、
そうと吼えつつ、見るに堪えない顔になってるって、
きっと気がついちゃあいなかろう。

  そんな詰まらない人には
  なりたくなかったから、あのね?

「普通の人よりかは出来ることがあるのに。
 しかも、事情にも通じてしまったのに。
 それなのに、じっとしてはいられなくって。
 それで駆け出してしまっただけなんです。」

迂闊だったのは否めません。中也さんがヒヤッとしたのもそんなせい。
だから、

「凄く嬉しかった。
 中也さんが、ボクが消えたってことへあんな、泣き出しそうになって案じてくれて、
 もどって来たボクに喜んでくれたこと。」

物心ついてからこっち、ずっと要らぬ子だと言われ続けていた。
泣くのも許されず、穀潰しと罵られ、
何処かでのたれ死ねばいいとまで言われて。
頼る者などない外の世界へ文字通り身一つで追い出され、
孤独なんてものじゃあない、打ちひしがれすぎての反動で、
いっそ誰でもいいから引き倒し、有り金奪ってでも生き延びてやるなんて、
出来もしないことを、這いつくばった地べたへ叫んでいたよな子供。
ひょんな縁から太宰に拾われ、探偵社という居場所を貰えたけれど、
それでもなかなか心から打ち解けるのは難しく。
おどおどするばかりな子虎に、厳しいことわりは容赦なく降って来て。

 正しいことを為したいだけなのに、
 それって実は難しいのだと、毎回痛いほど思い知らされて。
 弱い人を守りたいのに、
 善良でいたくとも弱さゆえそれが出来ない そんな人らに
 もっとも手痛いのが正義だと知らされては傷ついて…

  “何もかも知っていて判ってて、
  それでなお、抱き留めてくれるのが中也さんだから。”

それへどれほど救われるかと、
眩しいものを見るかのように、愛らしい目許を弧にたわめ、
淡く微笑って見せる愛しい子。
ああもう、これへ陥落しない奴がいるものかと、
そんな気持ちを抑え込むかのように、両の腕を伸ばすと、
小さな背中をぎゅうと抱きしめたお姉さまだったのでありました。





     〜 Fine 〜    18.06.15.〜08.06.

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 *何かバタバタしちゃって、その挙句に “え?これで終わり?”な〆めですいません。
  太宰さんとか国木田さんとか、
  判りにくいけど ちゃんと敦くんのこと可愛がってるんだよというところも含め、
  もうちょっと丁寧にあれこれ書きたかったんですが、
  ブツ切れになると何が何やらややこしくなるばかりなので、
  泣きの涙で剪定しまくった結果です。ううう。
  男衆たちの世界でも同じことが起きてたらと思うと…ちょっと笑えもしますが。(こら)
  いいとこの坊ちゃんのなりで現場に来てた面々とか?
  芥川くんが可愛くってしょうがない太宰さんは、
  実はマフィア時代も中也さんにこそりと(?)惚気を吐き出してたら笑えますが
  それは流石にないかな? え?織田作さんへ? 其れは美味しいかもvv

  「きっと将来のポートマフィア最恐の火器となる子なんだ、しかもかわいいっvv」
  「そうか、かわいがっている子なのか。」
  「ああvv
   でも、判りやすい可愛がり方では周囲に岡焼きされるからちょっとひねっているけれど。」
  「そうか、大変だな。」

  誰か突っ込んでやって、どんな接し方か知ってますか、織田さんと。